「国宝」の中の演目 連獅子 あらすじ
「連獅子」の舞台は、天竺(てんじく)の清涼山(せいりょうざん)という山にある、伝説の石の橋「石橋(しゃっきょう)」です。この演目は、能の「石橋」をもとに作られた「石橋もの」と呼ばれるジャンルに属します。
演目は主に三つの部分で構成されます。
1. 前半:狂言師による「獅子の子落とし」の表現
舞台に狂言師の右近(うこん)と左近(さこん)が登場し、厳かに舞い始めます。彼らは手にした手獅子(てじし)の毛と衣で親子の獅子を模し、親獅子が子獅子を深い谷に蹴落とし、這い上がってきた強い子だけを育てるという**中国の故事「獅子の子落とし」**を表現します。子獅子は一度は這い上がりますが、再び突き落とされ、やがて水面に映った父獅子の姿を見て我に返り、断崖絶壁を駆け上がって父のもとへ戻ります。これは親子の情愛と、親の厳しい教育に応える子の健気さを描いています。やがて狂言師たちは蝶に誘われるように引っ込み、獅子の精が乗り移っていきます。
2. 中盤:間狂言(まきょうげん)「宗論(しゅうろん)」
狂言師が引っ込んだ後、日本から修行にやってきた蓮念(れんねん)と遍念(へんねん)という二人の僧が登場します。二人は最初は道連れを喜びますが、互いの宗派(法華宗と浄土宗)が分かると、どちらの宗派が優れているかを巡って激しい口論「宗論」を繰り広げます。法華宗の僧は団扇太鼓を叩きながら「南無妙法蓮華経」を、浄土宗の僧は叩き鉦(かね)を打って「南無阿弥陀仏」を連呼しますが、いつの間にか互いの念仏を取り違えるという滑稽な展開になります。不気味な風が吹き、獅子が出るかもしれないと恐れた二人の僧は逃げ去ります。
3. 後半:親子の獅子の精による舞
再び舞台には、獅子の精となった狂言師の右近と左近が登場します。彼らは親獅子と子獅子となり、床まで届くほどの長い毛のかつら(親獅子は白頭、子獅子は赤頭)をつけ、牡丹(ぼたん)の花に戯れながら勇壮な舞を披露します。特に、長い毛を激しく振り回す**「毛振り(けぶり)」**が最大の見どころです。最後に親子の獅子は激しく舞い、「獅子の座」に上がって幕となります。
見どころ
• 迫力ある「毛振り」
「連獅子」で最も象徴的で有名なのが、踊り手が頭を激しく振って長い毛をダイナミックに操る「毛振り」です。この激しい毛振りは、単なる派手な演出だけでなく、**神がかりになった「トランス状態(狂い)」**を表しているとされ、獅子の勇猛で力強い様を象徴しています。毛振りには「髪洗い」「巴」「菖蒲叩き(菖蒲打ち)」など、いくつかの種類があります。
• 歌舞伎役者親子の共演
「連獅子」は、親獅子が子獅子を厳しく鍛える物語と、歌舞伎役者の親子が芸を継承する姿が重なって見えることから、親子での共演が多いことが人気の理由の一つです。これまでにも、松本幸四郎と市川染五郎親子、十八代目中村勘三郎と息子たち(中村勘九郎、中村七之助)、片岡仁左衛門と孫の片岡千之助、中村芝翫とその三人の息子たちなど、多くの親子・祖孫関係の役者が共演してきました。わずか9歳で仔獅子を演じた中村勘太郎は、連獅子を演じた最年少記録とされています。
• 豪華で派手な衣装
獅子の精の衣装は、親獅子が紺地の羽織に白地の袴、子獅子は緑地の羽織に赤地の袴で、どちらも派手な金箔模様と牡丹の花があしらわれています。踊り手は、獅子をイメージした床まで届くほどたっぷりと長い毛のかつら(頭)をつけます。
• 獅子と牡丹の関係
「連獅子」などの「石橋もの」の舞台には必ず大輪の牡丹の花が飾られています。これは、百獣の王とされる獅子には苦手な「虫(獅子身中の虫)」がおり、その特効薬が牡丹の花の夜露だと考えられているためです。獅子は夜には牡丹の花の下で休むとされています。毛振りの激しい動きは、この「獅子身中の虫」によるかゆみを表現しているとも言われています。
• ラグビーワールドカップのマスコット「レンジー」のモデル
2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップの公式マスコット「レンジー(Ren-G)」は、「連獅子」をモチーフにしています。これは、親獅子が子を厳しく鍛える「連獅子」の物語が、ラグビーの「信頼を元に困難(チャレンジ)を乗り越える」という精神に通じることから選ばれました。
「連獅子」は、歌舞伎らしい見た目の派手さと豪快さで、歌舞伎の魅力を代表する演目の一つです。